オロロンライン・松浦武四郎の足跡

北海道命名150周年の今年(2018)、式典には天皇陛下も来道されるという盛り上がりです。
その中でも命名者とされる松浦武四郎が特に注目され、北海道博物館では彼の展覧会も開催されています。



松浦武四郎は江戸時代に6回も未開の地である蝦夷地調査を行い、アイヌの人たちと親しく交わり、助けられ、支えられたことから、明治になって、蝦夷地に変わる名称として「北」+「加伊」(カイ=この地に生まれた者=アイヌ)+「道」=「北加伊道」を提案したと言われています。



その松浦武四郎は6回の調査のうち4回、この留萌の地に来たことが記録に残っていて、管内にも武四郎関連の記念碑等があちこちに設置されています。
そのうちの一つが空知の雨竜から増毛への山越えをした祈念碑。
雨竜から山道を歩き、信砂(のぶしゃ)川を下り、増毛の海岸へとやってきた記念碑が彦根橋のそばにひっそりとたたずんでいます。



小さい標識杭なので、なかなか見つけられなかったです。







二つ目は、ルルモッペ(現留萌)の運上所を訪問したこと記念した碑が留萌市の望洋公園に設置されています。





そして三つ目は、道内最大のにしん番屋「旧花田家番屋」の前に海側に武四郎の像があります。







その昔、ここから増毛の山々を望んだのでしょうか?



四つ目は天塩の河口近くにある鏡沼海浜公園にある武四郎の像





天塩は、武四郎の天塩川探査の起点となりました。



この地から利尻山を望んだのでしょうか?



また、「加伊=カイ」はこの地のアイヌのと会話から知り得たとされています。



道内のあちこに残る彼の足跡をたどるのも、歴史好きとしてのロマンを感じます。
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